ユネスコ世界遺産 韮山反射炉

国指定 史跡 韮山反射炉

反射炉とは、その独特な形で金属を溶かす炉の一種です。18世紀~19世紀に鉄の精錬に使われ、日本では幕末に大砲を鋳造する為に作られました。韮山は実際に稼働し、現存する唯一の炉です。
2015年7月5日、第39回ユネスコ世界遺産委員会において、『明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業』の一つとして世界遺産に認定されました。静岡県としては富士山に続く2つ目の世界遺産となり、今後は人類の財産として歴史を後世に伝える重要な役割を担う事になります。

反射炉の歴史

韮山反射炉は、1853年の黒船来航を受けて、江戸幕府直営の事業として築造が決定されました。
1853年、伊豆の下田で築造が開始されましたが、翌1854年、下田に入港したペリー艦隊の水兵が敷地内に侵入したため、築造場所が現在地である韮山に変更されました。
1855年、代官の江川英龍が死去し、息子の江川英敏が跡を継ぎ築造を進め、1857年(安政4年)に完成しました。

保存へ向けて

明治維新後、反射炉の周りにあった施設は取り壊され、現在残っている本体のみになりました。その後荒れるままに放置されていましたが、文化遺産として保存の気運が高まり、1908年、補修工事が行われ、以後1957年と、1985年から1989年にかけて大規模な保存修理が行われ、耐震補強・煉瓦の風化防止処置などが施され現在に至ります。